【感想】村上春樹の『ノルウェイの森』の主人公がかっこいいと思った

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2004/09/15
  • メディア: ペーパーバック

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2004/09/15
  • メディア: ペーパーバック

『ノルウェイの森』を読んで、生活力のある男はかっこいいなと思った。

主人公のワタナベ君は、大学生なんだけどびっくりするぐらい生活力がある。
まず、食事をきちんと作って食べる。部屋の掃除もきちんとする。定期的に布団を干したり、カーテンの洗濯までする。引っ越した先の荒れた庭の手入れをする。木材を買ってきて勉強机を自作したりもする。
普通の大学生はここまでできない。

そして、友達のお父さん(病気で入院中)と病室で二人っきりになっても、気まずい思いをせずに普通に会話ができる。さらには、そのお父さんの食事や排泄のお世話もしちゃう。その日初めて会ったばかりなのに。

そういう生活に根ざした基本的なことを、苦も無くやってしまうところに、彼の強さと豊かさがあるんだと思った。

作家・村上春樹

『ノルウェイの森』は、村上春樹の著作。
村上春樹は、小説家でもある、翻訳家でもある。

ちなみに、1949年生まれ。
京都府京都市で生まれ、兵庫県西宮市・芦屋市で育つ。



あらすじ

主人公であるワタナベは、高校時代、親友であるキズキの自殺をきっかけとして、「死」について深く考えるようになってしまう。

同じく、キズキの恋人であった直子もキズキの自殺を受け止めきれず、精神的な傷を負ってしまう。

ワタナベと直子は高校を卒業して大学生となったが、偶然にも再開を果たし、お互いに惹かれあうようになる。しかし、直子は精神的な傷が癒えないままであり、日常生活もままならない。やがて直子は本格的な療養に入ってしまい、会える機会が減り、手紙でのやりとりが主な交際手段となってしまう。

ワタナベは、そんな直子を支えようと悩み、苦しみながら大学生活を送っていく。



自分の中の歪み

『ノルウェイの森』には、3種類の人間が登場する。

  1. 自分の中の歪みに気づかない人(大多数の人)
  2. 自分の中の歪みとなんとか折り合いをつけられる人
  3. 自分の中の歪みとうまく折り合いをつけられない人
自分の中の歪みとは、世間と自分がずれているという感覚、自分と他者が決定的にわかりあえないという感覚、自分の中に致命的な欠落があるという感覚、といったところ。
『ノルウェイの森』では、圧倒的に「3」に当てはまる人物が多く登場し、しばしば自殺という結末を迎えてしまう。(キズキもそれで自殺したのだと思う。)

キズキの自殺によって「死」に気持ちが引っ張られてしまっている直子は、「3」に当てはまる。(ワタナベ君は、悩み苦しんでいるけど「2」に当てはまる)

そんな直子を支えていくのは容易ではなく、ワタナベ君は悩みながらも、直子を支えられる強さを持とうと考える。



「強さ」について

ここでいう「強さ」とは何か。
ワタナベ君は、この「強さ」を「きちんとした生活を送ること」と考えたんじゃないかな。
だから、食事はちゃんと作って食べようとするし、部屋もちゃんと片付けようとする。

「死」の対極であると考えられる「きちんとした生活」を送ることで、自分も「死」から逃れ、直子のことも支えられる「強さ」を持とうとする。

その発想ができるって、すごく豊かな人間性だなって思った。



単純に、強い自分になろうと思ったら、筋トレするか、勉強して知識を得ようとするか、頑張ってお金を稼ぐか、社会的な信用を得ようとするか、そんな風のことを考えると思う。(僕だったらそう考えちゃう。)

でも、そういうものじゃ、直子のことを支えられないって感じてたんじゃないかな。



直子も、別にワタナベ君に依存したりはしていない。
ワタナベ君が、たとえケンカに強くたって、頭がよくったって、お金持ちだったって、別に安心したりはしないし、精神的に楽になったりしない。

直子はワタナベ君の負担にはなりたくないって思っているから、仮に直子が、自分の中の歪みと折り合いをつけられなかったとしても、それが原因でワタナベ君の人生を壊してしまうことはないんだ、と思える安心があって、はじめて直子もワタナベ君の隣にいられるようになるじゃないかな。

ワタナベ君には幸せになってほしいな。